その後すぐに道場は解散になり、残されたものをみなで処分したのちに散り散りになった。育ての親がどうなったかも一応調べたが、第七霊災以降行方が知れないようだった。それ以上探すつもりもなく、いずれにしてももうそこへ戻る気はなかった。
ジンジャーはひとつ決意をしていた。
この顔を捨てよう、と。
いくつか仕事をして得た情報の中で、所謂幻想薬ではなく顔を変える術を施してくれるという場があると知った。どうしても素性を隠したいものが駆け込む場所だが、かなりの費用が掛かるうえに失敗すれば二目と見られないような姿になるとも聞いていた。失敗例もそこそこあるとも。だが失敗したときはそのまま死ぬ覚悟であった。
手に入れた宝飾品を売り捌き、自分の持ち物も武器を除いてほぼすべて金に変え、若干は少々危ない組織から借用して金を作りその門を叩いた。
果たして、結果は大成功であった。
ひと月もの間顔を包む痛みに苦しみ気がおかしくなるような不安に苛まれたのち、包帯を取った下にあったのはジンジャー自身も見たことがないような美しい青年だった。
「本当に、これが僕?」
日に何度も何度も鏡やガラス、水に自分の姿を映した。身体は変わっていないはずだが、顔が変わるだけですべてが生まれ変わったように感じた。
しばらくは朝起きるたび顔を触り鏡を覗き、何度も顔を洗っては確かめていたが、やがて自分の顔であることに慣れるとジンジャーの生活は一変した。
まずは拠点をウルダハからリムサ・ロミンサに変えた。
同時に名前も改めようかと思ったが、ウルダハ冒険者ギルドの世話人のモモディに相談したところ、
「あなたは裏仕事はお師匠さまの名義だったでしょ。顔を登録してるわけじゃないし、表仕事の実績を持って行きたいならそのままがおすすめ。ゼロからスタートしたいのなら別だけどね」
とアドバイスを受け、結局ジンジャーのまま紹介状を持ってリムサ・ロミンサの顔役であるバデロンの元を訪れた。
今やジンジャーはどこに出しても恥ずかしくない美青年だった。街に出れば視線を浴び、買い物をすればおまけが付き、見知らぬ人が奢りたいと申し出たり贈り物をくれることすらあった。
ジンジャーは真面目で素朴な青年だったが、容姿とともに性格まで変わったようだった。ブランドものの衣服と宝飾品で身を包み、高級レストランで食事をするようになった。多くの人間が簡単に自分に夢中になることを知ると、人を誑しこむことに喜びを覚えるようになり夜ごと遊び歩いては奔放に性を愉しむようになった。
相手は男女選ばなかったが、特に顔のいい男を好んだ。特定の相手もすぐにできたが、相手の媚びる態度が目について辟易して付き合ってはすぐに別れることを繰り返した。あれがヒサメに好かれようと必死だった自分の姿かと思うと虫唾が走った。それでも次の相手には事欠かなかった。
それから、思い立ってヒサメと同じように腰に大きな刺青をした。猛毒を持ち触手がある海洋生物は何だと聞けば「ヒョウモンダコ」ではないかと言われ、わざわざ東方の職人を呼んで入れた。出来上がった刺青は見事で、その姿を鏡に映せばそれはいつかのヒサメを思い出させた。
変わらないのは日々の鍛錬と刀の手入れをする時間だけであった。このリムサ・ロミンサではいかつい海賊が幅を利かせていることもあり、顔が綺麗な分腕がないと侮られることは多かった。その鼻を明かしてやりたいと思ったし、何よりもなぜかそうしているときはほっとしたのも事実だった。
「なぁんだ……」
にわかにたしなむ様になった高級酒の杯を小さく傾け、ジンジャーは呟いた。
「人生ってこんなイージーだったんだね」
グラスの向こうにこちらをちらちらと見ている男がいることに気が付いた。まあまあかな、と品定めするとにっこりと笑みを返して手を振る。すると相手は相好を崩してこちらへ向かってきた。
――今日はこいつでいいか。
今夜の飲み代と、遊び相手はこの男にお願いしよう。
やっぱり見た目が良いだけで人は幸せなんじゃないか、と人々の顔を見回す。人間見た目じゃないなんてよく言うけれど、要するにあれは手に入らないものを誤魔化して真理を隠してるだけだと思った。
どんな手段を使ってでももっと早くにこうしていればよかったとも思った。そうしたら、もしかして先生だって……と。
そうやってジンジャーの日々は急速に色鮮やかになり、飛ぶように過ぎていった。
溺れた海豚亭はまだ人もまばらな時間帯ではあったが、掲示板の依頼を真剣に見つめる若者や、昼間っからでき上っている連中など、ちらほらと人の姿がある。ジンジャーはどちらかというと後者の姿で、カウンターにいた。
「はぁ…も~、いちいちいい仕事探すのめんどいんだよね。毎回仕事の方から歩いてきて欲しいよ」
この店ではそこそこの高級酒をたしなみながらジンジャーは店主のバデロンにごちた。
彼によく贈り物をしたり奢ってくれる取り巻きは何名かいたが、あくまでも基盤となる生活費は自分で稼ぐということは変えていなかった。
一笑に付されるかと思いきや、バデロンはちょっと思案して切り出した。
「だったらこういうのには興味ないか」
そうして一枚の紙を取り出すとジンジャーに差し出した。一面に飛び切り美しい男が微笑んでいる写真に『一緒に活躍してくれるメンバーを募集中!』というフレンドリーな煽り文句がポップな文字で踊っている。
「うっわ、美人!ムカつく!……ってかなにこれ?」
劇団員の募集かなにか?と思いながらも裏返せば、どうやら冒険者によるパーティメンバー募集のちらしのようだった。
「最近はこういう募集も増えて来てるんだ。まあ仕事の内容についちゃここでは話しにくいモンもあるやつだが、お前さんだったら問題ないだろ」
仕事ごとにメンバーを集めるのではなく、予めパーティを組んでおき自分たちでこなせる仕事を行うというものだ。言うなれば個人的なギルドだが、ギルドほど組織だったものではなく比較的入脱退も容易であった。
「このパーティは仕事自体は難度の高いものが多いがその分バックも多いはずだ。仕事は主催から降りてくるからお前さんが探す必要はないし、まとまった仕事がない時期でも基本給が出る。その上住処と食事も提供される。まあ、そのチラシはちょっと客寄せに偏ってるが、少なくとも詐欺募集じゃあないことは俺が保証しよう」
なるほどバデロンが言った通り基本給や待遇についての詳細が明記されている。職務内容についてはそこまで詳細には書いていないが、対魔物・対人どちらもありと記載されて報酬一例が示されていた。
「ここでは話しにくい内容もあるってことは、つまり『何でも』請け負うんだよね?連絡先……サーシス、か。バデロン知ってる?いい男?」
「右目はないが結構な色男だな。ただ、怖い男だぞ」
「……怖いのはやだなぁ。まあ、仕事仲間と深い関係になる気ないからほどほどに仲良くできりゃいいんだけどね」
他にもいくつか記載されている要項に目を通した。大きな懸念点や落とし穴のようなおかしな項目は、少なくともこのちらしからは見受けられなかった。仕事については内容によって断る権利もあると明記してあるし、悪い話ではないようだ。
「乗り気なら連絡してみるか?」
「うん。とにかく話聞いてみようかな」
それが、新たな邂逅の第一歩だった。
数日後に訪れることになったその拠点は、意外なほどに開けた明るい場所にあった。
リムサ・ロミンサからそれほど遠くない場所にある風光明媚な一帯で、静かな日差しが波と緑を照らし、浜からのぼる海風が髪や頬を気持ちよく撫でていく。
周りにはいくつか別の館もあったが、目的の建物はすぐに見つかった。
―― 地上2階建て……この作りなら地下もありそうだね。部屋は全部で10室程度かな? でもずいぶん窓が少ないし小さい。あれは格子より手強いな。
次に周囲の様子にも目を凝らす。
――距離的に爆発音でもない限り近隣には聞こえなさそう。庭は手入れされてて見晴らしがいいね……ん、屋上に何か光った。武器……か?見張りがいるな。少なくともあそこにも入口がひとつ。
そんな風に観察しながら門と庭を抜け、ジンジャーは扉を叩いた。どんな相手が出てくるのかと身構えたが扉の向こうには誰もいない……のではなく足もとで不審そうな表情をしたララフェル族の男が見上げている。
「誰?」
「ええと、サーシスさん……に会う予定があるんだけど、この家で合ってますか?」
「……ああ、そこの部屋」
ぞんざいな口調で、彼は奥を指さした。
「どーも……」
小さき者に軽く会釈してジンジャーはその家に足を踏み入れた。
視線を悟られないように素早く家の中を見回す。
リビングと思しき部屋は十分な広さがあるが大型の武器を振り回すのは難しそうだった。窓は一つあるが細かい格子が入っており、さらに枠が内側から補強してあるのが見えた。
中央の大きなソファにはミコッテの女性が座っているのが見える。長い髪をゆるくウェーブにしてふわりとしたピンクのワンピースを着ており、傭兵や冒険者ではなく街でスイーツ探索でもしている少女のように思えた。
あれは情婦か何かか?と思いながらも、教えられた扉に視線を戻してノックする。と、中から「どうぞ」と声が聞こえた。思いがけなく優しいトーンの声であったので少し安堵する。
「失礼します」
中に入った瞬間、ジンジャーは心臓が止まるかと思った。そこにはヒサメが座っていたのだ。
だが動揺を押し隠しながら改めて見るとまったくの別人だった。確かにヒサメと同じ色素の薄いアウラ・レンの男だが、淡い金髪の下にはアイスブルーの瞳がランプに照らされ光っている。
――先生よりかっこいい、かもね。
ジンジャーの様子を不思議に思ったのか、男は軽く首を傾げた。
「何か?」
「あっ……すみません、一瞬知人に似て見えたもので。でも勘違いでした」
「そうか。まあ世界には3人同じ顔の人間がいるというし、似てるくらいならもっといるだろうね」
そう言って相手はにこやかにほほ笑んだ。その表情と穏やかな声にジンジャーはほっと胸を撫でおろした。それはどんな人なのか、などと掘り下げられなくてよかった。
そして目の前の相手を静かに観察した。整った顔立ちは綺麗と言ってよかったが、右目には眼帯をしており、顔の右半分は薬物で焼かれたような傷で覆われていた。ゆるく羽織ったジャケットの上からも強靭な身体であるのが想像できる。バデロンが怖い男と評するだけの力量はありそうだが、紳士的な笑みを湛えたその姿からは恐ろしさは感じなかった。
「昔右目を失ってね。無作法で申し訳ないが」
サーシスは眼帯に触れながらそう言った。ジンジャーは小さく首を振って答える。
「サーシスだ。よろしく」
「ジンジャーです」
そこからちらしと照らし合わせながら条件を一通り確認して、軽い雑談となったのでジンジャーは自分の活動経歴をかいつまんで話した。ウルダハで小さな私設双剣ギルドで育ち学んだこと、その客人であった忍者を師として忍術を覚えたことや、18になる頃には冒険者ギルドで様々な仕事を請け負うようになったこと。一旦裏仕事のことには触れずいくつかの過去の仕事の話もする。
サーシスは基本的には相槌を打ちながらじっと聞いており、メモをとっているようだった。時折、ちょっとした質問をしてくる。
「諜報任務をしたことは?」
「あります。鍵開けや盗聴も得意……だと思ってます」
「なるほど。戦場以外で人を殺したことは?」
「あります」
「経験あり、と」
大きな声では言えない仕事も請け負っているとは前もって聞いていたため、この程度の確認はあると踏んでいた。サーシスはまたメモに何かを書き込んだが、深く内容を問われることはなかった。
「そうだ、よかったら武器を見せてくれるかな」
「どうぞ」
言われるままにジンジャーは愛用の双剣を鞘から抜きそっと机の上に置いた。武器をそのまま携帯するのを許されたのは少し意外だったが、こういった確認をしたい意図があったのだろう。
触っても?と相手が問うので頷く。何かあればすぐに胸の苦無も取り出せるが、なんとはなしに必要はないと信じられた。
「双剣には詳しくはないが、これは珍しい形をしているね」
ジンジャーが愛用している小刀は、刃はひんがしの国の著名な鍛冶工房から仕入れたものだが拵えはエオルゼアの職人の手で作られている特注の品であった。エレゼン族の少ないドマやひんがしではルガディン族やアウラ族用か、ヒューラン族に合わせたものが多くどちらもジンジャーには大きかったり小さかったりでやや手に馴染まない。もちろんどんな武器でも扱うことはできるが、少しでも正確かつ無駄のない動きができるようこだわった品だった。
「手入れは自分で?」
「はい」
そして特注であるからにはそう簡単に換えることもできないため、手入れの方法を学び自身で大切に扱っていた。
「そうか。ありがとう」
「使っているところも見ますか?」
「いや、十分だ」
ジンジャーとしては実力も示しておきたいところだったが、サーシスは首を振った。少し残念にも思ったが、サーシスからはジンジャーの歩き方や座った際の身のこなしと道具の状態を見るだけで相当な手練れだと判断ができたのだ。
「逆に君が聞いておきたいことはあるかな」
「えっと、そうだな。ここは実際の拠点なんですか?」
ジンジャーはそう問うた。これまで殺人依頼を請け負うようなギルドでは仲間以外を直接招待することはなかったので単純に気になっていたことだ。
「いきなり本拠地に案内してもいいのかな、と思って」
「ああ、バデロンを通して来た相手はここで直接話してるんだ。雰囲気も見て貰えるだろうしその方が話が早いから。それにそもそもうちは秘密結社でもなんでもないからね、別に隠すようなことでもない」
「なるほど」
それだけあの酒場の主人は信頼できる筋だった。少なくとも人を見る眼は相当なもので、彼が通したものであれば条件が合わないことはあっても大きな裏切りに合うことはない。それに確かに、ここは外から見れば冒険者による寄合パーティでしかなかった。
「他は特にないです。大体のことは説明して貰ったんで」
特に何があると思ってきたわけではないが、あまりにも普通に話すだけで進んでいるのでこれでいいのかという気持ちは残った。ただ、このサーシスという男は印象よりもずいぶんと経験が多彩であるのだろう。おそらく彼は人物眼にある程度自信があるのだとも思った。ある意味すべてがテストなのだろう。
ふと思いついたようにサーシスが口を開いた。
「あ、そうだ。もし君がこの家に侵入するとしたら、どこから入る?」
そらきた、とジンジャーは思った。ジンジャーの諜報部員としての基本を試しているのだと思った。
先ほど見た外観と見られる限りの内観から図面を素早く描いたが、窓の少なさや、話したり歩いたりして感じる音の伝わり方からおそらくかなり守りに向けた造りをしていると思われた。隠すような場所ではないとは言いつつ、セキュリティには相当な気を遣っているようだった。
「……他の条件と目的次第だけど、自分ひとりなら屋上から……ですね。おそらくこの家で一番守りが薄いのはそこでしょう?」
窓やテラスがない分登りづらいのは確かだったが、ジンジャーの体術を持ってすれば2階程度への侵入は容易い。まずは見張りを潰して、撤退路を確保しつつ目的を達成する。経験上、侵入時に見つからない限りは上への退路は防がれにくい。見張りが同じ忍者や双剣士であれば別の道を探すが、この家には現在その生業のものはいないという認識だった。
「そうか、ありがとう。参考になったよ」
そう言うとサーシスはにこりと人の好い微笑みを返した。そうすると本当に、ヒサメにはまったく似ていないように感じた。
「君さえよければ部屋は用意しておく。バデロンにもよろしく伝えてくれ」
そして一週間後には長く逗留していた宿屋の部屋を引き払って拠点へと移ってきたのだった。
「よぉ、忍者くん。来てくれて嬉しいよ。これからは仲間だ、気兼ねなく過ごしてくれ」
「ありがと。よろしく、サーシス」
サーシスは相変わらず親し気な笑みを浮かべて、ジンジャーを出迎えた。軽く握手を交わすと、すぐにジンジャーの後ろへと視線を向ける。
「荷物はどこだ?おいアフガン、ちょっと手伝ってくれ」
後半はジンジャーに向けた言葉ではなく、それに応える「はい」という言葉とともにサーシスの後ろから彼と同じくらいの背丈の人影が現れた。以前屋上にいたシルエットを思い出し「彼だったか」とは思ったがその顔を見て思わずジンジャーは動きが止まった。
――あれ、メンバーだったんだ……
それはちらしの表面を飾っていた美しい男だった。ジンジャーはどこかの劇団員を広告用に雇っているのだと完全に思い込んでいたほどだ。そして、印刷の粗い写真よりも実物のほうがさらに際立つ。
顔立ちのきれいさもさながら、艶のある濃い褐色の肌に白い鱗が真珠飾りのようにちりばめられ、長いまつ毛に縁どられた双眸は鮮やかな南の海の色をしている。少し伸ばした紫紺の髪がその顔立ちに影を落として色気を漂わせていた。だが官能的な美しさとは裏腹にどこか禁欲的で、昔ヒサメに見せて貰った南方の神像を思い出させる。
――クソ美人なんだけど!?やめてよ!
顔のいい男は好きではあるのだが、ここまで差を感じてしまう相手はめったにいない。敗北した気がして妙にキレ気味になったジンジャーであった。
「ああ、こいつはアフガン……コードネームがアフガン・ハウンドでな、俺はそう呼んでる。うちのレンジで、狙撃の腕はかなりのもんだ。愛想はないが誰にでもこうなんで慣れてくれ」
ジンジャーの内心はともかく視線を感じ取って、サーシスが紹介する。
「ファハド=ウルジュワーンです。よろしくお願いします」
にこりともせずにファハドは本名を名乗って軽く会釈した。表情と同様に抑揚は少ないが穏やかな声だった。
――うわ、愛想ないのに美人過ぎてほんとムカつく。こいついい思いして育ったんだろうな~……ってかもしかして、サーシスの恋人?
色々と複雑な、というよりももはや下種の勘繰りのような感想を抱きながらファハドの顔を見ていたが、ジンジャーはふたつの視線が自分に注がれていることに気づいた。
「あっ、そうそう。荷物はそこのマケボ前の箱で……あ、僕も持つ。部屋はどこ?」
「あれか、少ないな。部屋は1階の真ん中の部屋だがいいか」
「窓ある?」
「まあ、一応は」
「じゃあOK。この家、窓ない部屋あるでしょ。最初に会った部屋とか」
小さな窓ではあったが光がまったく入らない部屋よりは幾分ましだろうと思った。そもそも窓がない部屋など捕虜の収容かなにかに使用しているのかと思ったが、サーシス本人の部屋もそうだと後で知る。
荷物を部屋に運びながら、サーシスがメンバーについて説明した。
「実際は俺がほぼ全部丸投げ……いや、任されてはいるが、姫というのがうちのパーティの主催で白魔導士だ。それにくっついて回ってるチビ学者がもう一人のヒーラー。あとは部屋に籠ってるが侍がひとり。今はそれで全員だ」
「姫……」
この間見かけたミコッテの女か、と納得した。が、十中八九あだ名だろうが姫とは少々痛い呼び名ではないかと思う。そんなジンジャーの内心を察してかサーシスが続ける。
「そう呼べって言われてるんだよ。悪い奴ではないがちょいと強引なとこがあってな、まあ、そういうのは全部学者に任せていい。……よほど理不尽なことがあったら言ってくれ」
「はあ……」
そんな女をなんで置いているんだろう。そっちが恋人?などと相変わらず恋愛脳を活性化させつつ、その辺りは複雑な事情があるとみてジンジャーは黙っておくことにした。自分がやりにくくなければ別に周りがどういう関係だろうと知ったことではない。ただ、自分がサーシスの恋愛関係をちょっと気にしていることには気が付いていた。
「メンバー同士の人間関係やトラブルには手も口も出さないんで、仕事に支障が出ないよううまくやってくれ。何かあった場合は当人同士でなんとかしろ。ただ、どうしようもない場合は個人的な相談には乗る」
相談料は安くはないがなとサーシスは付け加え、ジンジャーは神妙な顔でうなずいた。
その後は拠点内の設備や備品などの案内を受けて回った。玄関はリビングに直結しており、リビングにはアウラの男でも寝転がれるような大きなソファが置いてある。その前には8人で囲めるほどのテーブルが置いてあり、かなりおざなりではあったが花が飾ってあった。壁にはおそらくサベネアの風景と思われる異国情緒の溢れるカラフルな船が描かれた絵と伝言用のボード。
奥まったところにはそれなりにちゃんとしたキッチンがあったが、サーシス以外はお湯を沸かすくらいにしか使っていないとのこと。あとはトイレと風呂。青いタイル貼りの風呂は広くはないがそこそこ清潔に使われているようだ。
リビングの壁の中央には先日サーシスと話した部屋の扉があり、そこがパーティの事務室兼応接間とのことであった。
居住用の部屋は別の扉を抜けた先にある。扉を開けると長い廊下と階段があり、1階2階とも同じように部屋が5つ並んでいた。サーシス曰く、各階とも3部屋には窓があり、残り2部屋には小さな通気口だけで窓がないとのこと。どうしてそんな造りに、とは思ったがサーシスは窓がない方が落ち着くと言っていたのでそういう需要もあるのだろう。
「共有の備品は自由に使っていい。なくなったり破損したらそこのボードに書いておいてくれ。私物も置くのは自由だが当然責任は負わない。あと、条件通り家にいる間の飯なんかは出すが個人で食いたいものや欲しいものがある場合は自分でなんとかして欲しい。……ああ、そうだ。別にここに誰かを連れ込んでもいい」
サーシスの口ぶりからすると、どうやらジンジャーの夜の奔放さは多少知っているようであった。
「まあ大体のことは自己責任で自由にしてくれってことだ。ただ一点だけ」
それまでよりもほんの少しだけ強い口調になった。
「ヤクだけは何があろうと厳禁だ。もし使用すれば蹴り出す」
「了解。僕もクスリは嫌いなんで」
答えながら脳裏に興奮状態にあるヒサメの顔がちらついた。そこから救えなかったのは自分自身が頼りなく無力だったからでもあるが、ヒサメを壊したものが今でも許せなかった。
ジンジャーはもう一度、自分に言うように繰り返した。
「大嫌いなんで、絶対に大丈夫」